匿名

日記

台湾の日没後の高鐵の話

好きな人ができて、好きな人が恋人になって、恋人と離れ、海外に来た。

海外とはいえ台湾だし、離れたとはいえほんの1週間だし、ただの大学の研修である。せっかくの機会なんだから日本のことなんて忘れて思う存分異国文化と学びに身を沈めたい…なんて思う自分もいないではないが、それでもやはり、高鐵の座席で知らないおじさんの隣に1人で座っていると、隣にいるのが恋人だったらなあと思えてならない。

そろそろ19時半。車窓に目をやれど視界にはこちらを睨んでくる自分の鏡像だけ。

スマホの画面越しに恋人とやり取りする。台湾では街中でのマスク着用が義務ではないらしいが、電車のような空間はまだマスク着用を要請している。マスク社会に感謝だ。にやけた口元を隠させてくれてありがとう。

台湾は日本より暖かくて湿度が高くて、街並みは日本と大差ないが空気はまるで違う。どちらかと言うとカリフォルニアに近いような気すらする。それが余計異国情緒を掻き立て、恋人との距離の隔たりを感じさせる。どう足掻いても恋人の存在、いや、恋人の不在が追いかけてくる。

鏡と化した車窓越しに、憂いを帯びているとも無感情ともとれる自分の目がこちらへ何かを訴えてくる。口元が緩んでいることに気づく他の乗客などいないだろう。会えないことへの嘆きが漏れる目元と、連絡を取れていることへの歓喜を示す口元と、果たしてどちらが本当なのか。

そろそろ20時。恋人とのやりとりが途切れた頃、ふと車窓の遠くに目をやるとネオンサインに気づく。見慣れぬ繁体字がまたもや孤独を加速させる。手持ち無沙汰に指輪を外しては再度指に嵌めるなどして、弄んでみる。爪先の剥げ始めたネイルが我ながら痛々しく、図らずもため息が出る。車窓に映る自分も、アイメイクはよれて髪はぱさつき、お世辞にも魅力的とはいえない。それでもきっと恋人は、そんな自分すら褒めてくれるんだろうな、などと惚気てみる。

いつかまたこの景色を、次は恋人の隣で、見ることができれば、そんなにも幸せなことは他にないだろうと思う。