恋人と一緒にいると、なんだか胸がいっぱいになって泣きそうになることがある。それは決して悪いことではなくて、むしろ嬉しいことだ。例えば今日がそうだった。
わたしのために他の予定をキャンセルして、帰省のため夜行バスにのるギリギリまでわたしとの時間をとってくれた。皇居のベンチでアプリの正座早見表を見ながら「あれはおうし座のアルデバラン。あれはぎょしゃ座のカペラ。」と指差し教えてくれた。それから近くにある美味しいお店を調べて連れて行ってくれたり、わたしが転ばないよう気を配ってくれたり、たくさん2人の写真を撮ってくれたり。わたしを見下ろして(彼の目線からわたしの頭頂部までの間には20cm以上の距離がある)「いつもよりも可愛く見える」と言ってわたしを照れさせたり、街角のジュエリーショップに飾られたネックレスとピアスのセットを遠目に見て「高級なカービィ?」(実際、そう見えた)と言ってわたしを笑わせたり、大きくて柔らかいてのひらでわたしの頭を丁寧に撫でたり。高架下をいつもより大きい声で話しながら通り過ぎるのも、幹線道路の歩道の隅でガードレールにもたれながらひそひそと言葉を交わすのも、この世のどんな瞬間よりも楽しい時間だった。
そんな喜びがたっぷり詰まった小時間の後で、人いきれのバスターミナルで彼がくれた今年最後のキスは、わたしの全身を余すところなく幸せで埋め尽くすのに十分すぎるくらいだった。
幸せすぎると人はそれが溢れて、涙になって出てきてしまうんじゃないかと、わたしは思っている。
夜ごはんを2人で食べているとき、何年か前に他界したわたしの父の話になった。もし父が生きていたら、恋人にどんなふうに接するんだろうか? でもきっと、彼のことを嫌いにはならないだろう。わたしが彼に投げかける安心し切った視線や、彼がわたしを見るあまりにも優しい目つきに、すぐに気づくだろうから。この間の夏休み、彼の実家で彼のご家族とお酒を飲んだとき、もしわたしが父と飲んでいたらこんな感じだったろうなと思った瞬間があった。父と飲むことはもう叶わないから、わたしはまた彼のご家族に会いに行く。
彼の好きなところを数え始めるとキリがないけれど、中でも特に好きなところの1つに、わたしの友人や家族を慮ってくれるということがある。わたしの帰りがあまり遅くなると家族に心配をかけるからと言ってやんわり帰宅を促されたり、わたしが「友達なんて1人もいない」のようなことを言うたびに「それはあなたのことを友達だと思っている周りのみんなに失礼だから、できれば言わないでほしいよ」と柔らかく窘めてくれたりする。特に後者についてはその通りで、実際ならわたしが友達との鮮やかで笑顔に満ちた思い出をすっかり忘れているだけなのだ。丸ごと思い出してしまえば、わたしは本当に素敵な人に囲まれた幸せな人間なんだなあと実感できるのである(これは誠に厄介な性質だと自分でも思う)。
1月から12月まで、丸ごと恋人と共に過ごした1年間はこの2025年が初めてだった。一瞬で過ぎ去ったようにも思えるが、よくよく思い出そうとしてみると色々なことがあったし、成長できた1年だったとも思う。ちょっとした喧嘩も初めてできたし、帰省ではない旅行も初めてすることができた。来年は忙しくなるだろうから、不安がないとは言えないが、でもきっと、大丈夫な2人だと思う。
それに何より、たくさん活字に触れられた1年だった。
1月から伊坂幸太郎『ペッパーズ・ゴースト』、一條次郎『チェレンコフの眠り』、文春文庫50周年記念の『幸田文随筆選』、『イラク水滸伝』。
2月には童門冬二の『上杉鷹山』、浅田次郎の『姫椿』。お堅い気分の1ヶ月間だったんだろうか。
3月には岩波ブックレットの『ナチスは「良いこと」もしたのか』、そして『源氏物語』を読み進め、堺旅行の前に『布武の果て』を読んで戦国時代の堺に思いを馳せた。
5月には『マノン・レスコー』、『ヒルビリー・エナジー』、『教養主義の没落』、『ポピュリズムとは何か』、『ホリー・ガーデン』
6月に入ってからは村上春樹の『街とその不確かな壁』、久々に読み返した江國香織の『東京タワー』、話題の『国宝』に平岩弓枝の『花ホテル』、『アッコちゃんの時代』。
7月には大好きな森瑤子の『夏の終り』をはじめとする短編集。そして何よりDUNEシリーズ。
8月にはNHKの100分de名著booksにハマり、カントの『純粋理性批判』やサルトルの『実存主義とは何か』を読んだ。そして高坂正堯の『国際政治』。有吉佐和子に特に熱中したようで、『悪女について』、『青い壺』、『針女』、『恍惚の人』。森見登美彦の『恋文の技術』、江國香織の『犬とハモニカ』、森瑤子の『デザートはあなた』、『あなたに電話』。甲子園を観るのにハマって漫画『タッチ』を全巻取り寄せ、一気読みもした。恋愛と戦争が気になっていた1ヶ月間だったのかもしれない。
9月には飛行機旅のお供として久々にジェイムズ・P・ホーガンの『星を継ぐものシリーズ』を読み進め、松田聖子と中森明菜についての新書や江國香織の『ひとりでカラカサさしてゆく』、永井紗耶子の『木挽町のあだ討ち』(これは今年読んだ小説の中ではトップレベルに気に入った1作だ)なども読んだ。
10月は有吉佐和子『仮縫』、江國香織『思いわずらうことなく愉しく生きよ』、平岩弓枝『花影の花』といった苦しい小説を立て続けに読んだ。そして源氏物語をついに読み終えた。先月読んだ永井紗耶子が気になって『女人入眼』も読み、それから日本人女性の歴史が気になって朝井まかての『眩』も、そして久々に浅田次郎の『月下の恋人』を読み返したりもした。
11月はなんといっても『プロジェクト・ヘイル・メアリー』!! 今年のベスト・バイを聞かれたら絶対にこれを答えるつもりだ。それと山内マリコの『小説ユーミン』も面白かった。
12月は海外小説にハマり、『私立探偵マニー・ムーン』、レベッカ・ヤロスの『バリエーション』と『フォース・ウィング』、アガサ・クリスティーの『春にして君を離れ』。気が向いたから、漫画『宝石の国』を取り寄せて一気読みしたりもした。
『春にして君を離れ』を読んだときには、まず真っ先に「こうはなりたくない」と思ったのだが、この感想こそがややジョーンめいていて、少し気が滅入った。ロドリーとジョーンの関係を見ていると、自分の恋人との関係のことを思い出した。恋人が「あなたには本当に恩を感じている」と伝えてくれるとき、わたしは冗談めかして恩着せがましく「わたしが彼女で良かったね!」と言うのだけれど、内心では「むしろわたしの方があなたから何もかもをもらっているのに……」と思うのである。もしかしたら、ジョーンもはじめはそうだったのかもしれない。周囲からの感謝に、照れ隠しのつもりで冗談めかして「良かったわね、本当に、わたしの采配が正しかったのだわ(なんてね)」なんて考えていたら、いつしか(なんてね)の部分が薄れていってしまった、とか。そこまで考えて、少し恐ろしくなったので、わたしは考えるのをやめた。ひとまず彼にいつもの感謝を伝えねば、とそう思った。
趣味の本だけで60冊弱。その他にも卒論執筆のための先行研究や論文執筆の助けとなるようないろいろな本を読んだので、今年は大満足の読書イヤーだったといえる。有吉佐和子が5冊、江國香織が4冊、森瑤子とレベッカ・ヤロスが3冊、平岩弓枝と永井紗耶子2冊ずつと、女性作家多めの1年間だった。それから、歴史・時代小説とSFに魅了された1年でもあった。
今年観られた映画はそう多くなかったが、どれも傑作ばかりだったので嬉しい。3月に教皇選挙、ビーキーパー、ゼロ・グラビティ、もののけ姫のIMAX上映は圧巻だったし、大好きな落下の王国を4Kリバイバルで鑑賞できたのも何より嬉しかった。落下の王国は恋人とクリスマスに観たので、喜びはひとしおだ。
来年ももっともっと面白い1作、1冊にたくさん出会えるだろうか。そうであってほしいと願うばかりだ。
そういえばさっき恋人が、昨年の今頃にわたしの書いたこの記事を読んで、ちょっと泣いちゃった、と言っていた。
tanuki-hitori.hatenablog.jp
書いたときぶりに読み返したら、相変わらずわたしは彼のことが大好きなままだなと思ったけれど、一つだけ変わっていることがあると気づいた。それは、わたしが彼を絶対に失わないという自信をつけたことだ。彼が物理的に近くに居らずとも、他の誰かと一緒に居ようとも、なぜだか不思議と心配していない。彼がわたしを無尽蔵のように愛してくれるとわかったからかもしれない。この大きな気づきを得られたことが、今年一番の収穫だと思う。
これからも、どうぞよろしく。