匿名

日記

2024.03について

気がつけば桜のつぼみが綻び始めている。本格的な春の訪れである。新学期も始まることなので、気を引き締めていきたい。 三月に読了したのは伊集院静「羊の目」「志賀越えみち」、そして川端康成の「古都」のみである。後ろの二作品は、京都を描いたもので、…

オッペンハイマーを観た

(ネタバレあり) スクリーンの幕が降りた瞬間から、我々は足元のぐらつきを、視界のブレを、オッペンハイマーの引き受けた崩壊を、追体験する。我々はあの世界の中を今も生きているのである。 クリストファー・ノーランによる十二本目の監督作である本作、…

京都を歩く

春の陽だまりみたいな日だった。京都の街をぶらぶら歩いた。二条から丸太町、それから四条、烏丸のあたりまで。 きっちり並んだ碁盤の目を、まっすぐな辺に沿ってすこしずつすこしずつ訪ね歩く。道ごとに、町ごとに、同じ種類のお店が軒を連ねていることに気…

2024.02について

二月が終わってしまった。閏日も大したことはしなかった。閏日なんてもともとないはずの一日なんだから、大したことをしない方が本来的な過ごし方なのかもしれないけれど。 今月はあんまり読書できなかったことが少し残念。梓澤要の「華のかけはし」を読んで…

2024.01 について

いまさら、1月の出来事を思い返して日記のようなものを書いてみようかなあと思う。というのも、今年の目標の1つは日記をつけることだから。そう言いつつ既に1ヶ月分くらい溜めてしまっているのだが……。 この1ヶ月間、アマプラで、『海賊と呼ばれた男』、…

第二章の序文に代えて

ディズニーリゾートにまだ見ぬ我が子を連れて来たいと思うとき、人はひとつ大人の階段を上がるんじゃないかと思う。愛のバリエーションを増やした証拠なのだと思う。 愛にはいくつかの種類があると言うが、そのうちの複数をたった一人に抱くことはあるのだろ…

第一章のあとがきに代えて

恋人という役割の不在はかつて恋人であったひとの永遠の不在を意味するわけではないのだけれど、ついそんなふうに誤認してしまうのが、恋人という役割の特殊性なのだと思う。 狂おしいほどの愛おしさを持て余す生活の、ぽっかりと穴が空いたかのような感覚を…

ゴジラ-1.0を観た

(ネタバレ有) 世界からこれだけゴジラが注目されてる中で戦争の象徴としてのゴジラをきっちり描き切ったのはすごいよな、さすが70周年だけある。安直に日本を賛美する意図はないんだけど、ここで「(国土を焼け野原にした/ゴジラを目覚めさせた)アメリカ…

夏の終わり

夏の終わりの夕立が迫っていたので、犬の散歩を足早に切り上げた。帰ったらすぐにパスタとポトフを作ろうと思っていたのに、軽い低血糖を感じて、急いで何か軽く食べることにした。冷蔵庫を開けると、賞味期限切れのチーズアソート、ほんの少しだけ残ったコ…

夏じゃない夏みたいな話

カウンセラーが「今、わたしは何かあなたにとってとても大切なことを聞いたかもしれない。次の予約日にはその話をしましょう」と言って立ち上がった。彼女の後ろについて部屋を出て、梅雨の前にしては夏らしい太陽の下に出て、電車に乗って、その間中わたし…

五月の雨の次の日

梅雨のすこし手前。雨の降った次の日のの夕方は、風が湿って生ぬるくて、陽が落ちるのが遅くて、ひとの活動とわたしの生活の時間がずれるのが面白い。 みんなが働いている時間に、わたしは1日を終える支度を始める。いつもは帰宅後くたくたの体で手をつける…

好きだとか

恋人と高いところにのぼるのが好きだ。夜であればなお良い。地上の無数の光を眺めて、言葉にできないほど壮大で美しい光景を形作る人々を尊敬しつつ、いずれわたしたちもそちら側へ足を踏み入れるのだろうと、そしてこの世界も捨てたものではないと、恋人の…

慣れと成長

玉ねぎを切りながら、昔のわたしが毛嫌いしていたバンドの曲を聴いていた。どの曲も似たり寄ったりで、等しく若者の汚さをなんとなく「いい感じ」に昇華している。性だとか愛だとか夢だとかについて語るような、がなるようなボーカル。はやるギターと、それ…

台湾の日没後の高鐵の話

好きな人ができて、好きな人が恋人になって、恋人と離れ、海外に来た。 海外とはいえ台湾だし、離れたとはいえほんの1週間だし、ただの大学の研修である。せっかくの機会なんだから日本のことなんて忘れて思う存分異国文化と学びに身を沈めたい…なんて思う自…

青のこと

夕方の風がぬるくなって、群青と濃紺の境に位置するくすんだ藍色の空に映える電光掲示板。あまりにも初夏の夕暮れすぎる景色。こういうときにビールが思い出されるのは、ビールの黄色が青の補色だからだろうか。それとも、単にビール会社の広告を目にしたか…

「君」のこと

今年は、服や靴やピアスや下着や、とにかく身につけるものをたくさん買った。どれも、その時その時で違う「君」に会うために買った。特定多数の「君」をなんとなく念頭に置いて、歌を詠んだりもした。 「君」はわたしを色んなところに連れていってくれた。バ…

思いやり

馴染みの駅の階段を、ホームの方へと降ってゆく。政治家の訃報を耳にし、「とうとうこんな国になってしまった」という人々の反応を目の当たりにし、私はその「こんな国」に住んでいるんだなあとぼんやり考えた。 草刈機の音が聞こえる。草の匂いがぷうんとか…

怖い悲しいを混ぜた感じの

父が癌かもしれないらしい。 1週間ちょっと前にひどい腹痛を訴え、母の勧めで病院に行き、そのまま紹介状を書いてもらい、大きな病院に行ってMRIを撮ったらしい。 その結果によれば、膵臓と肝臓に影があって、こんど検査入院をするらしい。 コロナ禍で、死の…

「千と千尋の神隠し」を劇場で見て思ったこと

はじめ、千尋はひとりで立てないでいる。 トンネルを通り抜けるときはお母さんの腕を、初めての夜を迎えたときにはハクの腕を掴み、釜爺のボイラー室に行くときにも足がすくんで階段にしがみついている。 でも、だんだん手を離して歩く時間が増える。 そして…

アセチルコリン

湯船に浸かるならまだ日も暮れないほどの時間帯が良い。人の活動する空気を感じながら怠惰に浸かるのが良い。 深夜の誰もが寝静まった時間に浸かるぬるい湯が一番良くない。体温程度の湯はアセチルコリンの分泌を促し身体の動きを抑制する。上がるのが億劫に…

深夜

濡れそぼる街を包んだ秋雨が赤い息吐く少女を冷す 雨はしっとりと降り続いている。濡れ揃った街は秋というよりむしろ冬の空気を湛えていて、息を吸い込むとマスク越しにも肺に冷気が伝わる。恋愛感情はただのエゴだと気付いてしまった瞬間、私の恋は崩れたの…

恋愛に関すること

同じ制服を着ている女の子2人組を後ろから眺めていた。触れそうで触れない距離にある手を見ていると、全くの部外者なのに私がもどかしか感じる。きっと彼女たちは意識していないだらう。そのあまりのなにげなさがすごくうらやましい。 好きな人と指先が触れ…

夏目漱石のこと

今でも、お財布に1000円入っているだけで自由な気持ちになる。たった1枚の紙幣。でもそれさえあればティーラテが飲める。豚カツが食べられる。本だって買えるし何なら映画館にだって行ける。 人間の一生分の経験を数値化することができたとして、全ての人間…

プルースト効果のこと

雲ひとつないのに肌に触れる空気はひんやりしていて、その確かな「秋」にまだ慣れない。すれ違った人からふわりと香った石鹸のようなシャンプーのような、懐かしいなあと思ったら昔仲が良かった女の子の香りだった。何も意識せず挨拶のようにハグをし合い手…

贅沢な悪循環

「好き」ってどんな気持ちだっけ、と考え出したその瞬間から恋は終わり始めているのではないだろうか。 光源氏は御簾越しに垣間見た女の黒髪に恋をして歌を送り体の関係を持つ。恋って生殖のためだけの脳の機能なんだろうか。そんな単純な本能によって文学や…

可愛いあの子

昨日私の人生が変わった。 1本の電話がきっかけだった。 「あなたは私の憧れなんだよ。できることなら私はあなたになりたい。だからもう自分を卑下しないで。そうやって自己否定しているあなたの言葉を聞くと、そんなあなたに憧れている自分がひどく劣ってい…

自己否定の矛先

誰かの感じたことを否定する人間が、この世界には一定数いる。ある人が「こんな経験をして怖かった」と言うと「それは言い過ぎだ。そんなことをおおごとにするな」と言う。また「こういうことをされて痛かった」と言えば「そんなわけはない。実は気持ちよか…

パソコン

世界史の勉強を切り上げて風呂に入った。脱衣所を出ると窓の外から人の声が聞こえた。夕方に開け放したのを閉め忘れていたのだろう。近寄ると案の定そうだった。火照った体に涼風が当たってなかなか気持ちが良い。少し覗くと住宅街はもう真っ暗で、網戸の向…

パナソニックの電気シェーバー

蛍光灯の下で足の毛を剃っていた。パナソニックの電気シェーバーが唸る。もしも駅の階段で目の前にこんな足があったら胸が高鳴るだろうなあなどと考えていた。世間一般の女の子と同じように理想の自分を想像しながら自分磨きをしていたのだった。 ふと電車の…

アスファルト

惰性で噛み続けたガムが無味になっていたことに気づいたとき、彼女に振られた日の蝉の声を思い出した。うるさかった。 絞り出した私の2文字は雑踏にかき消され、気づかないふりをして彼女は改札の向こうへ消えていった。アスファルトの照り返しと帰り道の蝉…