匿名

日記

2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧

プルースト効果のこと

雲ひとつないのに肌に触れる空気はひんやりしていて、その確かな「秋」にまだ慣れない。すれ違った人からふわりと香った石鹸のようなシャンプーのような、懐かしいなあと思ったら昔仲が良かった女の子の香りだった。何も意識せず挨拶のようにハグをし合い手…

贅沢な悪循環

「好き」ってどんな気持ちだっけ、と考え出したその瞬間から恋は終わり始めているのではないだろうか。 光源氏は御簾越しに垣間見た女の黒髪に恋をして歌を送り体の関係を持つ。恋って生殖のためだけの脳の機能なんだろうか。そんな単純な本能によって文学や…

可愛いあの子

昨日私の人生が変わった。 1本の電話がきっかけだった。 「あなたは私の憧れなんだよ。できることなら私はあなたになりたい。だからもう自分を卑下しないで。そうやって自己否定しているあなたの言葉を聞くと、そんなあなたに憧れている自分がひどく劣ってい…

自己否定の矛先

誰かの感じたことを否定する人間が、この世界には一定数いる。ある人が「こんな経験をして怖かった」と言うと「それは言い過ぎだ。そんなことをおおごとにするな」と言う。また「こういうことをされて痛かった」と言えば「そんなわけはない。実は気持ちよか…

パソコン

世界史の勉強を切り上げて風呂に入った。脱衣所を出ると窓の外から人の声が聞こえた。夕方に開け放したのを閉め忘れていたのだろう。近寄ると案の定そうだった。火照った体に涼風が当たってなかなか気持ちが良い。少し覗くと住宅街はもう真っ暗で、網戸の向…

パナソニックの電気シェーバー

蛍光灯の下で足の毛を剃っていた。パナソニックの電気シェーバーが唸る。もしも駅の階段で目の前にこんな足があったら胸が高鳴るだろうなあなどと考えていた。世間一般の女の子と同じように理想の自分を想像しながら自分磨きをしていたのだった。 ふと電車の…

アスファルト

惰性で噛み続けたガムが無味になっていたことに気づいたとき、彼女に振られた日の蝉の声を思い出した。うるさかった。 絞り出した私の2文字は雑踏にかき消され、気づかないふりをして彼女は改札の向こうへ消えていった。アスファルトの照り返しと帰り道の蝉…

マスク

何気なく当たった彼女の指先の熱がまだ、背中に残っている。きっとあなたは何も気にしていないのだろう。強く意識している私の感情なんて知る由もない。 冷たい雨の降るあの日、ふたり同じ傘の下で石段を降りた。鼓動がうるさいのは私だけで、雨音に感謝しな…

ティーラテ

今にも落ちてきそうな灰色の空に懐かしさを感じた。学校の小さな四角い窓からひとり見つめた空はいつも同じ、ちょうどこんな色をしていた。 進級直後の花曇り、高さの合わない椅子に座って足をぶらつかせながら桜の匂いを嗅いでいた朝。梅雨の日、夏休みを前…

ライトグリーンのスコップ

犬の散歩に行かねばならない。朝から頭の右側がシクシクと痛んだが、日課を欠かすことを嫌う犬が吠えて催促するのだ。たとえ台風が来ていても大雪の日でも、かの京急でさえ運行を休止するような日でも犬は散歩へ行く。 服を着替えるのも億劫だ。電気もつけず…