匿名

日記

アスファルト

惰性で噛み続けたガムが無味になっていたことに気づいたとき、彼女に振られた日の蝉の声を思い出した。うるさかった。

絞り出した私の2文字は雑踏にかき消され、気づかないふりをして彼女は改札の向こうへ消えていった。アスファルトの照り返しと帰り道の蝉の声。

その夜電話をした。4分49秒はあまりにもほんの一瞬で、彼女がくれたのはごめんの3文字。ありがとうとだけ伝えると声が震えて、自分が泣いているんだと知った。どうか彼女がこの涙に気付きませんように。そう祈って電話を切った。

たとえ交際したとしてもこの世の中じゃ幸せになれない2人だった。だとしても、もう少し夢を見ていたかった。それでも伝えなければ良かったとは思わないのだから不思議だ。

あの日以降も彼女は今まで通り。彼女の触れた指先の熱は何日経っても私の背中から抜けないのに。無防備に触れられたくなかった。私にだけ見せる顔なんて知りたくなかった。簡単にさようならと言えないから辛いのだ。いつまで私は彼女の特別でいられるかな。

駅を出るとアスファルトが濡れていた。